人工知能(AI)の研究は1950年代から続いていて、いまの盛り上がりは3回目です。過去にも大きな期待が集まった時期が2回ありましたが、どちらも一度は冷え込みました。この冷え込んだ時期を「冬の時代」と呼びます。
| ブーム | 時期 | 呼び名 | 新しくできるようになったこと | 見つかった限界 |
|---|---|---|---|---|
| 第1次 | 1950年代後半〜1960年代 | 推論・探索の時代 | ルールと目的がはっきり決まった問題なら、解を出せる | 解けたのは迷路などのトイ・プロブレムまで(現実社会の課題は解けない) |
| 第2次 | 1980年代 | 知識の時代 | 知識を持たせて、専門家のようにふるまわせる(エキスパートシステム) | 知識を人がすべて書き出すしかない(知識獲得のボトルネック) |
| 第3次 | 2000年代〜現在 | 機械学習の時代 | AI自身がデータから知識を獲得する | ブーム進行中で、限界はまだ見えていない |
人工知能という言葉そのものが何を指すのかは、人工知能とはで扱っています。
冬の時代はなぜ来たのか

AIの研究は、強い期待が集まって研究も投資も一気に増える時期と、そのあと関心が薄れていく時期を、交互に繰り返してきたとされています。関心が薄れていったほうが冬の時代です。研究そのものは続いていたものの、社会からの期待も資金も引いていった時期だとされています。
過去2回に共通しているのは、その時点の技術で実際にできることよりも、世の中の期待のほうが大きくなっていたことです。できるはずだと思われていたことが、実はできない。それがはっきりすると、期待は急速にしぼんでいきます。過去2回のブームは、どちらもそうやって終わったと評価されています。
AI研究の出発点はダートマス会議(1956年)

AIの研究は、1956年にアメリカのダートマス大学で開かれた研究集会、ダートマス会議から始まったとされています。
この会議には、もうひとつ大事な意味があります。artificial intelligence、日本語でいう人工知能という言葉が、ここで使われたことです。この言葉が実際に使われたのは、会議そのものより少し前でした。ジョン・マッカーシーたちが会議の開催を呼びかけた提案書(1955年8月31日付)に書かれていました。この言葉は、そのまま会議の名前にも使われました。
第1次AIブーム:推論と探索で問題が解けるようになった

1950年代後半から1960年代が、第1次AIブームです。「推論・探索の時代」と呼ばれます。
- 探索:目的を達成するために、取りうる手順や選択肢を調べていって、解決策を見つけ出す
- 推論:人が考えるときの筋道を記号で表して、コンピュータに実行させる
解くべき問題さえコンピュータに扱える形で書いてやれば、あとはコンピュータのほうが解を示してくれる。推論と探索によってそれが実際にできるようになったことが、最初のブームを起こした要因です。
第1次の冬:解けたのはトイ・プロブレムだった

ここには「コンピュータに扱える形で書けるなら」という条件が付いていました。
定義
書けるのは、ルールと目的がはっきり決まっている問題です。迷路やパズルのように、何をしてよくて、どうなったら解けたことになるのかが、最初から決まっているものです。こうした問題をトイ・プロブレムと呼びます。
ところが、現実の社会で起きている問題はそうはいきません。考えるべき要因がいくつも絡み合っていて、そもそも何を条件として書けばいいのかがはっきりしない。当時のAIは、トイ・プロブレムなら扱えても、こうした現実の課題までは解けませんでした。
トイ・プロブレムって、おもちゃで遊んでいたってこと?
いいえ。迷路やパズルのように、何をしてよくて、どうなったら解けたことになるのかが、最初から決まっている問題のことです。現実の課題は、そこがはっきりしていません。
それが分かってくると期待は冷め、1度目の冬の時代を迎えます。
第2次AIブーム:コンピュータに知識を持たせた

次にAIへ関心が集まったのが、1980年代です。第2次AIブーム、「知識の時代」と呼ばれます。
この時代に新しかったのは、コンピュータに知識を持たせたことです。ここでいう知識とは、推論するために必要な情報を、コンピュータが認識できる形で記述したものを指します。
ある分野の知識を取り込んだうえで推論させることで、その分野の専門家のようにふるまうプログラムが作られました。これがエキスパートシステムです。医療や化学のように、専門知識にもとづいて判断する分野で、実際に使える水準の成果が出ました。
第2次の冬:知識獲得のボトルネック

問題は、その知識を誰が用意するのかでした。
当時のコンピュータは必要な情報を自分で集めて蓄えられないため、使う情報はすべて、人がコンピュータの理解できる形で書き出してやるしかありませんでした。
世の中の情報は膨大で、それを全部書き出して用意しておくのは現実には無理があります。実際に持たせられる知識は、特定の領域などに限るしかありませんでした。
定義
知識を人の手で取り出して書き出さなければならない、この難しさを「知識獲得のボトルネック」と呼びます。
この限界から、1995年ごろに再び冬の時代を迎えます。
第3次AIブーム:AI自身が知識を獲得する

人が書き出さなければならないことが限界なら、AI自身が知識を手に入れられればいい。それが形になったのが、2000年代から現在まで続く第3次AIブームです。「機械学習の時代」と呼ばれます。
背景には、2つの変化があります。
- インターネットなどのネットワークが普及して、ビッグデータ(大量のデータ)が手に入るようになった
- コンピュータの演算処理能力が上がって、そのビッグデータを扱えるようになった
この2つがそろったことで、大量のデータからAI自身が知識を獲得する機械学習が実用化されました。さらにそのあと、機械学習の一種であるディープラーニングが登場します。判断に使うための着目点である「特徴量」までを、AIが自分で見つけ出すものです。ここから今日まで、ブームは続いています。
機械学習とディープラーニングが人間の用意する部分をどう減らしたのかは、人工知能の4段階の分類で扱っています。
まとめ

AIの研究は1956年のダートマス会議から始まり、そこから一直線ではなく、期待が集まるブームと壁にぶつかる冬の時代を繰り返してきました。第1次は推論と探索でトイ・プロブレムまで、第2次は知識を持たせたエキスパートシステムが知識獲得のボトルネックに突き当たり、第3次はAI自身がデータから知識を得る機械学習の時代で、いまもその途中にあります。
ブームが冷めたのは、当時の技術でできることより世の中の期待のほうが先に行ったからで、次のブームはその壁を越える技術が出たときに始まっています。
次は、機械に知能があるかを外から見える振る舞いで判定しようとした提案、チューリングテストを取り上げます。